医療現場での「指導」が訴訟に発展 教育とハラスメントの境

「患者を待たせるな」
「こんな簡単な処置もできないのか」
医療現場では、一瞬のミスが人命に関わるため、厳格な指導が当然とされてきました。しかし、その「指導」が訴訟にまで発展する、深刻なハラスメントにつながるケースが実際に起きています。
なぜ命を扱う現場でハラスメントが起きてしまうのか。
今回は実際の裁判事例をもとに、医療従事者が直面する特有のプレッシャーとハラスメントの関係を解き明かし、教育と精神的攻撃を分ける境界線について見ていきます。
医療現場で実際に起きた深刻なパワハラ事例
医療現場でのハラスメントには、その特殊な環境から生まれる独自のパターンがあります。実際に裁判で問題となった事例を見てみましょう。
看護師長のパワハラが認定された事例
昭和大藤が丘病院で起きた事例では、看護師が通勤中に急病人を救護して出勤が遅れた際、事情を聞くこともなく看護師長から威圧的に叱責されました。
この結果、看護師は心臓疾患とPTSDを発症。裁判所は
「業務上必要な範囲を逸脱し、極めて不適切」
として、大学側に約600万円の支払いを命じました。
🔑 ワンポイント
この事例では、有給休暇を認めない対応も問題視され、安全配慮義務違反が認定されました
医療現場特有のパワハラの問題点
裁判で認定されたパワハラの特徴は以下の通りです。
1. 人格を否定する発言の反復
- 医師や他のスタッフが見ている前での長時間の叱責
- 「看護師に向いていない」といった職業的価値を否定する発言
- 業務改善のための具体的なアドバイスがない精神的攻撃
2. 業務上の孤立と無視
- 必要な情報共有から意図的に排除する行為
- 質問をしても無視したり、突き放したりする対応
- チームワークを阻害する意図的な行為
3. 過剰な責任転嫁と威圧
- 「私が上に言えばあなたはどうにでもなる」といった解雇をにおわす発言
- 新人には不可能な量の業務を押し付ける行為
- 失敗の全責任を個人に転嫁する行為
教育とハラスメントを分ける決定的な違い
医療現場では厳しい指導が必要な場面があるのは事実です。しかし、教育とハラスメントの間には明確な境界線があります。
健全な教育の特徴
目的と手段
- 目的
⇒ 患者の安全確保と医療従事者としてのスキル向上 - 手段
⇒ 具体的な手順を丁寧に教え、質問しやすい雰囲気を作る
結果
- 本人の技術向上と自信回復
- チーム全体の医療安全向上
- 建設的なフィードバックによる成長
パワハラの特徴
目的と手段
- 目的
⇒ 相手を精神的に追い詰めること、自身の優位性を示すこと - 手段
⇒ 人格否定、業務妨害、不当な孤立化
結果
- 萎縮による技術低下
- チーム連携の悪化
- 患者への医療提供にも悪影響
🌈 ちょっと一息
どんなに厳しい言葉でも、それが患者の命を守るという明確な目的につながり、人格を尊重した建設的な手段で行われる限りは教育といえます
医療現場でハラスメントを防ぐための対策
医療現場の特殊性を理解した上で、ハラスメントを防ぎ、健全な教育環境を築くための具体的な対策があります。
1. 心理的安全性の確保
失敗を責めるのではなく、再発防止のためにどうすれば良いかをチームで話し合える文化を作ることが大切です。質問や意見が自由に言える環境を整えることで、ヒヤリハットを未然に防ぎ、結果的に患者の安全につながります。
2. 指導者への教育の徹底
- 「指導」と「パワハラ」の境界線を明確にする研修を定期的に実施
- 経験年数だけでなく、マネジメント能力も評価基準に含める
- 感情的にならない指導方法の習得
3. 相談体制の整備
医療従事者が安心して相談できるよう、組織から独立した外部相談窓口を設置することが重要です。相談内容が確実に守秘され、適切な対応が取られる体制が必要です。
まとめ
患者の命を守るという使命は、医療従事者にとって最大のモチベーションであり、厳しい指導の根拠となりがちです。しかし、その過程で仲間が心を病んでしまえば、チーム全体のパフォーマンスが低下し、ひいては患者の安全が脅かされてしまいます。
真に患者の命を守るためには、まず、その命を預かる医療従事者自身が安心して働ける環境を確保することが不可欠です。
私たちは、お互いの尊厳を尊重し、建設的な対話を重ねることで、より良い医療を提供できると信じています。
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