ハラスメントで退職。未払い残業代請求の3つのステップ

ハラスメントが横行する職場で、
精神的な苦痛に耐えながら、サービス残業で心身をすり減らしてきた…。
「もう一刻も早く、この会社と関わりを断ちたい」
その一心で退職を決意した時、未払いの残業代のことまで頭が回らないかもしれません。
しかし、あなたが働いた時間の対価である残業代は、会社に残してきたあなたの「資産」です。ハラスメントの慰謝料とは別に、法的に請求できる正当な権利なんです。
泣き寝入りする必要はまったくありません。
この記事では、退職後であっても未払いの残業代を取り戻すための具体的な手順を、3つのステップに分けて、できるだけ分かりやすく解説していきます。
ステップ1:『証拠』を集める。これがなければ始まらない
未払い残業代を請求する上で、何よりも重要になるのが「客観的な証拠」です。
感情的に「残業させられた」と訴えるだけでは、会社側に
「指示していない」
「本人が勝手に残っていた」
と言い逃れされる可能性があります。 まずは、あなたの主張を裏付ける証拠を一つでも多く集めましょう。
何が「証拠」になる?集めるべき資料リスト
具体的には、以下のようなものが有効な証拠となります。すでに退職して手元にないものもあるかもしれませんが、諦める前に、身の回りをもう一度確認してみてください。
- 勤怠を記録したもの
- タイムカードのコピーや写真
- 業務用PCのログイン・ログオフ時間の記録、スクリーンショット
- 交通系ICカードの利用履歴(駅の入場・出場時間)
- 業務日報や手帳のコピー
- 会社の警備システム(セコムなど)の入退館記録
- 残業を証明するもの
- 上司から残業を指示されたメールやチャットの履歴
- 残業時間中に作成・送信した業務メールやレポート
- GPS情報付きのスマホ写真(退勤時の会社の外観など)
- 給与と通常業務の条件がわかるもの
- 雇用契約書、労働条件通知書
- 就業規則(特に給料や労働時間に関する部分)
- 給与明細(最低でも直近1年分)
証拠が手元にない時の対処法
「もう辞めてしまったから、タイムカードなんて手元にない…」という方も多いでしょう。そんな場合でも、できることはあります。
- 会社へ「開示請求」を行う
⇒ 労働者は、自身の労働時間に関する記録(タイムカードなど)の開示を会社に請求する権利があります。まずは書面で、丁寧かつ毅然とした態度で開示を求めてみましょう - 手書きのメモや日記を準備する
⇒ もし日常的に業務内容や退勤時間をメモしていたなら、それも証拠になり得ます。今からでも、覚えている範囲で「いつ、何時から何時まで、どんな業務をしていたか」を詳細に記録することも、他の証拠と組み合わせることで有効になる場合があります
🔑 ワンポイント
証拠は一つだけでは弱くても、複数組み合わせることで強力になります。諦めずに探してみましょう
ステップ2:『金額』を計算する。あなたの「時間」の価値を知る
証拠がある程度集まったら、次に「一体いくら請求できるのか」を具体的に計算します。金額が明確になることで、今後の交渉や手続きの大きな指針となります。
残業代計算の基本公式
未払い残業代は、以下の式で計算するのが基本です。
基礎時給 × 割増率 × 残業時間数 = 未払い残業代
少し複雑に感じるかもしれませんが、一つずつ見ていきましょう。
あなたの「基礎時給」の計算方法
月給制の場合、以下の手順で1時間あたりの賃金(基礎時給)を割り出します。
- 月給から「除外する手当」を引く
⇒ 家族手当、通勤手当、住宅手当などは、基本的に残業代計算の基礎から除外されます。給与明細を見て、これらの手当を月給の総額から差し引きます - 月の「所定労働時間」を計算する
⇒ 就業規則に記載されている「1日の所定労働時間」と「年間休日」から、1ヶ月あたりの平均労働時間を計算します(例 ⇒ 1日8時間勤務、年間休日120日の場合 → (365日 - 120日) × 8時間 ÷ 12ヶ月 = 約163.3時間) - 計算式に当てはめる
手順1の金額を、手順2の時間で割ったものが、あなたの「基礎時給」です
知っておきたい「割増率」の種類
残業は、いつ行ったかによって割増率が変わります。
- 法定時間外労働 ⇒ 25%以上 (1日8時間・週40時間を超えた場合)
- 深夜労働 ⇒ 25%以上 (22時~翌5時までの間に働いた場合)
- 法定休日労働 ⇒ 35%以上 (法律で定められた週1日の休日に働いた場合)
重要
時間外労働と深夜労働は重複します。例えば、法定時間外に深夜労働をした場合は、25% + 25% = 50%以上の割増率となります。
🌈 ちょっと一息
計算が複雑に感じる場合は、Web上の残業代計算ツールを利用するのも一つの手です
ステップ3:『請求』のアクションを起こす。3つの選択肢
証拠と請求金額が固まったら、いよいよ実際のアクションに移ります。方法は一つではありません。ご自身の状況に合わせて、最適な選択肢を検討しましょう。
選択肢①:会社に直接請求する
まずは、個人として会社に支払いを求める方法です。
まずは「交渉」から
いきなり訴訟をちらつかせるのではなく、まずは「未払い残業代計算書」を添付した「支払通知書」を、配達記録が残る方法(特定記録郵便など)で送付し、交渉のテーブルにつく意思があることを示します。
「内容証明郵便」で正式に請求する
交渉に応じない、あるいは無視される場合は、「内容証明郵便」を利用します。これは「いつ、誰が、誰に、どんな内容の文書を送ったか」を郵便局が証明してくれる制度です。
- 記載すべき内容
- 宛先
- 差出人
- 請求金額とその計算根拠
- 支払い期限(例 ⇒ 本書面到着後2週間以内)
- 振込先の口座情報
- 支払いがない場合の次の措置
内容証明郵便には、残業代請求権の時効の進行を一時的に止める効果もあります(時効は3年)。
選択肢②:労働基準監督署に相談(申告)する
公的な第三者機関に間に入ってもらう方法です。
労働基準監督署の役割
労働基準監督署(労基署)は、企業が労働基準法などの法律を守っているかを監督する国の機関です。
期待できること・できないこと
- 期待できること
- 労働者からの申告に基づき、会社へ立ち入り調査を行う。
- 法律違反が確認されれば、会社に対して「是正勧告」という行政指導を行う。
- 期待できないこと
- 個人の代理人として、会社と直接交渉してくれるわけではない。
- 残業代の取り立てを強制的に行ってくれるわけではない。
労基署が動くことで会社が支払いに応じるケースも多いため、費用をかけずに解決したい場合の有力な選択肢です。
選択肢③:弁護士に相談する
法律の専門家である弁護士に依頼する方法です。
弁護士に依頼するメリット
弁護士に依頼すれば、あなたの代理人として、証拠収集のアドバイスから、会社との交渉、そして労働審判や訴訟といった法的手続きまで、全てを任せることができます。会社側も、弁護士が出てくることで真摯に対応せざるを得なくなります。
費用の不安がある場合
「弁護士費用は高そう…」
とためらうかもしれませんが、以下のような選択肢があります。
- 法テラス(日本司法支援センター)
⇒ 収入などの条件を満たせば、無料で法律相談ができたり、弁護士費用を立て替えてもらえたりします - 完全成功報酬制の弁護士
⇒ 着手金が無料で、回収できた残業代の中から報酬を支払う形式です
まとめ
ハラスメントで心身ともに傷ついた上に、さらに未払いの残業代まで諦める必要は一切ありません。 今回ご紹介した3つのステップを、もう一度振り返ってみましょう。
- ステップ1
⇒ 客観的な『証拠』を集める - ステップ2
⇒ 請求できる『金額』を正確に計算する - ステップ3
⇒ 状況に応じた最適な『請求』アクションを選ぶ
未払い残業代の請求は、会社への攻撃的な行為ではありません。あなたが汗水流して働いた労働の対価を、正当な権利として取り戻すための手続きです。
すでに十分すぎるほど我慢を重ねてきたあなただからこそ、最後にもらえるべきものは、しっかりと受け取って、新しい人生の一歩を踏み出す糧にしてください。
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