産業医は敵か味方か? 会社に筒抜けになる情報の境界線

産業保健の現場や労働法の実務家たちの間では、産業医が抱える「医学的立場」と「会社の顧問という立場」の構造的な利益相反は、避けて通れない課題として認識されています。 この記事では、そうした専門的な契約構造や労働安全衛生法の規定を整理し、どこまでが「守秘義務」でどこからが「報告義務」なのかという法的な境界線を、一般の方にも分かりやすく解説します。
産業医との面談を設定しました
会社からそう言われたとき、
「私の味方になってくれる」
と安堵する人は稀でしょう。むしろ
「会社に私の弱みを報告するためのスパイではないか」
と警戒するのが自然な反応です。
結論から言えば、産業医はあなたの主治医(治療する人)ではなく、会社が安全配慮義務を果たすためのアドバイザー です。 彼らの立ち位置を誤解したまま本音をすべて話すと、思わぬ形で不利になることもあれば、逆に上手に使えば強力な盾にもなります。
この記事では、産業医と会社の間の「情報の境界線」を明確にし、彼らを敵に回さず味方につけるための戦略を解説します。
産業医は「誰」のために働いているのか
産業医の給与を支払っているのは会社です。しかし、彼らには医師としての中立性も法的に求められています。この二重性が、私たちを混乱させる最大の原因です。
治療ではなく「就労判定」が仕事
勘違いしやすいポイントですが、産業医の役割は
「あなたの病気を治すこと」
ではありません。今の健康状態で仕事をさせても大丈夫か(就労可能か) を判断することです。
会社は「働かせると危険(訴訟リスクがある)」と産業医が判断した社員を、無理に働かせることはできません。 つまり、産業医は「会社の利益(労働力)」と「会社のリスク(安全配慮義務)」のバランスを見る ゲートキーパー なんです。
どこまで筒抜け? 守秘義務と報告の境界
「ここだけの話ですが…」
と産業医に打ち明けた内容は、どこまで会社(人事・上司)に伝わるのでしょうか。ここには明確な法的ラインがあります。
「病名」は隠せるが「配慮」は伝わる
原則として、詳細な病名やプライベートな家庭の事情(離婚問題など)には高い守秘義務があり、本人の同意なく会社に伝えることは禁じられています。 しかし、以下の情報は 安全配慮義務 の名の下に、会社へ報告される義務があります。
- × 伝わらない(原則)
⇒ 「上司の○○さんからパワハラを受けて不眠です」「実は借金があって…」などの詳細な背景 - ○ 伝わる(報告義務)
⇒ 「現在の心理状態では残業は禁止すべき」「配置転換が必要」「3ヶ月の休職が妥当」という 就業上の措置
産業医は「あなたの愚痴」を報告するのではなく、「あなたが働くために必要な条件」を報告します。したがって、会社に知られたくない個人的な事情は、無理に話す必要はありません。
産業医を「味方」にする戦略的面談術
産業医が「敵」に見えるのは、あなたが
「治してほしい」
「話を聞いてほしい」
と期待しすぎるからです。彼らを「会社を動かすためのカード」として割り切れば、これほど頼もしい存在はありません。
「主治医の診断書」を武器にする
産業医は内科や外科の出身者が多く、必ずしもメンタルヘルスやハラスメントの専門家ではありません。そのため、短時間の面談だけであなたの状況を正しく判断できないことがあります。
そこで重要になるのが、あなたの通院先である 主治医 との連携です。
「主治医からは『残業を控えるよう』強く言われています」
と診断書を添えて伝えることで、産業医はその意見を無視できなくなります。産業医が「残業禁止」という意見書を会社に出せば、会社はそれを無視すると、安全配慮義務違反に問われる可能性が極めて高くなります。
産業医を説得しようとするのではなく、主治医の意見を会社に公式に伝えるためのルート として活用するのが正解です。
まとめ:情報は「選んで」話せばいい
産業医は、あなたの心の友ではありませんが、必ずしも会社の犬でもありません。彼らは「医学的な根拠」に基づいて、会社に法的義務を履行させるための専門家です。
この記事のポイント
- 役割
⇒ 産業医は治療者ではなく、会社のリスクを管理する 就労判定のアドバイザー - 情報
⇒ 病名や私生活は守られるが、就業制限(残業禁止など) は会社に報告される - 戦略
⇒ 主治医の診断書 を持ち込み、産業医経由で会社に業務調整を義務付ける
相手の役割を正しく理解し、感情ではなく事実ベースで接することが、自分を守ることに繋がります。「全てを話して楽になりたい」ならカウンセラーへ。「今の働き方を法的に変えたい」なら産業医へ相談すべきです。
目的を明確にして使い分けることで、産業医はあなたを過重労働や無理な業務から守る、最強の「システム」として機能してくれるはずです。
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