前のページでは、休職・退職時の生活を支える、
「傷病手当金」や「雇用保険」といった公的支援制度について解説しました。これらは、あなたの当面の生活を安定させる上で、非常に重要なセーフティーネットです。
しかし、もしあなたの心身の不調が、明らかに職場のハラスメントが原因であると確信しているのなら、さらにもう一歩進んだ制度の活用を検討すべきです。それが、労働災害(労災)保険制度です。
労災申請は、単にお金を受け取るためだけの手続きではありません。あなたの病気やケガが「会社の責任」であることを国に公的に認めてもらうための、極めて重い意味を持つ手続きです。
その認定を勝ち取ることは、あなたの失われた尊厳を回復し、会社の責任を明確にするという大きな意味があります。
―― このページはこんな3本柱でお届けします ――
🚀 労災認定のメリット / 🎯 認定されるための3要件 / 🔥 申請から決定まで
なぜ労災認定を目指すべきか? 傷病手当金との違い
傷病手当金も労災保険も、休業中の所得を補償してくれる点では似ていますが、その性質とメリットは大きく異なります。
労災認定がもたらす3つの大きなメリット
労災が認定されると、傷病手当金に比べて、主に3つの大きなメリットがあります。
- より手厚い金銭的補償が受けられる
- 治療費
⇒ 原則として、症状が治癒(または症状固定)するまで、治療費の自己負担がなくなります - 休業補償
⇒ 休業中の所得補償として、給料のおよそ8割が支給されます。これは、傷病手当金(約6割7分)よりも手厚い補償です
- 治療費
- 会社の責任が、法的に明確になる
- 労災認定は、あなたの病気が「業務に起因するもの」であると国が判断したことを意味します。これは、後に会社に対して慰謝料などを請求する際に、会社の責任を裏付ける非常に強力な証拠となります
- 休業中の解雇が法律で禁止される
- 労働基準法では、労働者が業務上の傷病で休業している期間と、その後30日間は、原則としてその労働者を解雇してはならないと定められています。これにより、療養中のあなたの雇用が法的に守られます
🔑 ワンポイント
労災認定は、単なる金銭給付ではありません。あなたの病気が「会社の責任」であることを国が公的に認める、非常に重い意味を持ちます
🌈 ちょっと一息
労災申請は、あなたの受けた被害に対して、社会的な正当性を求めるための手続きです。それは、あなたの尊厳を回復するための、力強い一歩となり得ます
精神障害が労災認定されるための3つの要件
ハラスメントによるうつ病などの精神障害が、労災として認定されるためには、厚生労働省が定める客観的な基準を満たす必要があります。
① 対象となる精神障害を発病していること
まず大前提として、うつ病や適応障害、急性ストレス反応など、労災認定の対象となる精神障害であると、医師によって診断されている必要があります。
🔑 ワンポイント
労災認定の最大のポイントは、あなたの受けたハラスメントが、客観的に見て「強い心理的負荷」にあたるかどうかを、証拠に基づいて証明できるかという点です
② 発病前おおむね6ヶ月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
これが、労災認定における最も重要な審査項目です。労働基準監督署は、あなたの受けた出来事が、客観的に見てどの程度のストレスだったかを評価します。
心理的負荷の強さの評価
ハラスメントに関する出来事は、その心理的負荷が「強」「中」「弱」の3段階で評価されます。労災として認定されるためには、原則として心理的負荷が「強」と判断される必要があります。
パワハラは「強」と評価されやすい
厚生労働省の基準では、これまでに解説したパワハラの6類型に該当するような、悪質なハラスメント行為は、心理的負荷「強」と評価される可能性が高い出来事として、具体的に例示されています。
- 具体例
- 上司等から、治療を要する程度の暴行等の身体的攻撃を受けた
- 上司等から、人格や人間性を否定するような、執拗な精神的攻撃を受けた
- 意図的に、長期間にわたり、人間関係から隔離された
③ 業務以外の心理的負荷や個体側要因により発病したとはいえないこと
業務以外の要因(私生活での出来事など)や、本人の既往歴などが考慮されますが、業務による心理的負荷が、他の要因を明らかに上回る、相対的に最も有力な原因であったと判断されれば、この要件は満たされます。
🌈 ちょっと一息
認定基準は厳格ですが、それはあなたの主張を客観的な基準で正しく評価するためのものです。あなたが集めた記録は、この基準を満たすことを証明するための、何よりの武器となります
申請から決定までの全手順
労災申請は、あなた自身で行うことができます。その基本的な流れを解説します。
ステップ1:精神科・心療内科を受診する
まずは、精神科や心療内科を受診し、医師の診断を受けることがすべての始まりです。労災申請を考えていることを医師に伝え、協力をお願いしましょう。
ステップ2:必要書類を準備し、労働基準監督署に提出する
申請に必要な書類を準備し、あなたの会社の所在地を管轄する労働基準監督署に提出します。
主な必要書類
- 請求書(申請書)
⇒ 労働基準監督署の窓口や、厚生労働省のウェブサイトで入手できます - ハラスメントの事実を証明する証拠
⇒ これまでに記録してきた日記、メール、録音データ、同僚の証言など - 医師の診断書や意見書
会社の協力が得られない場合
請求書には、会社の証明印(事業主の証明)を押す欄がありますが、会社が協力を拒否する場合も少なくありません。その場合でも、会社の証明がなくても、申請は受理されます。労働基準監督署の窓口で、会社が協力してくれない旨を伝えれば、問題なく手続きを進めてくれます。
ステップ3:労働基準監督署による調査
書類が受理されると、労働基準監督署による調査が開始されます。担当官が、あなたや会社の担当者、場合によっては同僚などから、聞き取り調査を行います。
ステップ4:支給・不支給の決定
調査が完了すると、労災として認定するかどうかの決定が、文書であなたに通知されます。調査開始から決定までには、早くても6ヶ月以上の時間がかかるのが一般的です。もし不支給の決定に不服がある場合は、不服申し立て(審査請求)を行うことができます。
🔑 ワンポイント
会社の証明がなくても、労災申請は可能です。申請を諦める必要はありません。まずは、あなたの会社の所在地を管轄する労働基準監督署に相談してみましょう
🌈 ちょっと一息
労災申請は、時に長く、精神的な負担も伴う道のりです。しかし、それはあなたの受けた被害に対する正当な補償と、失われた尊厳を取り戻すための、価値ある戦いです
まとめ
ここまで、ハラスメント被害における「労災申請」の全手順について見てきました。
- 労災認定のメリット
⇒ 手厚い金銭補償、会社責任の明確化、解雇制限。 - 認定の3要件
⇒ 対象疾病の発病、業務による強い心理的負荷、業務が主たる原因であること。 - 申請手続き
⇒ 労基署に必要書類を提出。会社の協力は必須ではない。
労災申請は、あなたの苦しみが、個人的な問題ではなく、労働環境に起因する「業務災害」であったことを公的に証明するための、極めて重要な手続きです。
その上で、次のページでは、会社や加害者に対して、慰謝料という形で直接的な損害賠償を求める場合の、より具体的なお金の話、「弁護士費用と慰謝料のリアルな話」について解説していきます。