2-1-2 Step 2: 物理的・精神的な安全地帯を確保する

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前のページでは、あなたの身に起きた出来事を

「記録」するという、防御の第一歩について解説しました。しかし、記録を付けている間にも、ハラスメント攻撃は容赦なく続いてくるかもしれません。

本格的な反撃や交渉の準備を進める前に、まず何よりも優先すべきは、これ以上、あなたの心身が傷つけられるのを防ぐことです。

攻撃が続く嵐の中で、冷静な判断を下すことは誰にもできません。まずは、あなた自身のための「安全地帯」を意図的に作り出し、心の平穏を取り戻す時間を確保する必要があります。

これは、問題から目をそらす「逃げ」ではありません。ボクサーが次のラウンドのために守りを固めて呼吸を整えるように、次の一手を考えるための、極めて重要な戦略的ステップなのです。

―― このページはこんな3本柱でお届けします ――

🚀 物理的な距離を取る / 🎯 精神的な盾を構える / 🔥 信頼できる味方を作る

物理的な距離を取り、接触を減らす

ダメージを減らす最も直接的で効果的な方法は、ダメージの原因そのものである加害者との接触機会を、物理的に減らすことです。

加害者と二人きりになる状況を避ける

加害者は、周囲の目がない一対一の状況で、より攻撃性を増す傾向があります。二人きりになる状況を、可能な限り意識的に避けましょう。

具体的な工夫

  • 打ち合わせや相談
    ⇒ できるだけオープンなスペースで行うか、信頼できる他の同僚に同席してもらうよう依頼する
  • 移動中や休憩中
    ⇒ エレベーターや給湯室、喫煙所などで二人きりになりそうな場合は、時間や場所をずらす
  • 座席の位置
    ⇒ 可能であれば、上司に相談し、加害者から物理的に離れた席への移動を願い出る

🔑 ワンポイント
加害者との接触機会を意図的に減らすことは、逃げではなく、あなた自身を守るための賢明なリスク管理です

コミュニケーションを記録に残る形に誘導する

対面での会話は、証拠が残りにくいだけでなく、感情的な攻撃を受けやすいというリスクがあります。できるだけ、やり取りが記録として残るコミュニケーション手段に切り替えていきましょう。

これは、身を守ると同時に、Step1で解説した「記録」を自動的に作成することにもつながる、非常に有効な戦術です。

具体的な誘導方法

  • 口頭での指示に対して
    ⇒ 「ありがとうございます。失念するといけませんので、後ほどメールでも概要をお送りいただけますでしょうか」と依頼する
  • こちらから連絡する場合
    ⇒ 直接話しかけるのではなく、まずはビジネスチャットやメールで用件を伝えることを基本とする
  • 複雑な議論になった場合
    ⇒ 「一度持ち帰って整理しますので、論点をテキストでまとめていただけますか」とお願いする

🌈 ちょっと一息
あなたは、加害者と不必要に関わる義務などありません。自分にとって安全で、かつ記録が残るコミュニケーション手段を選択することは、あなたに与えられた正当な権利です

心の中に「防御壁」を築く

物理的に距離を取ることが難しい場面も、残念ながらあるでしょう。そのような時は、相手の攻撃を直接心に受け止めないための、精神的な防御策が必要です。

相手の言葉を「自分ごと」として受け止めない

まず大切なのは、加害者の言葉は、あなたの価値を評価するものでは決してない、と理解することです。

攻撃の「受け流し方」

前のカテゴリーで学んだように、ハラスメントの根源は加害者自身の劣等感やストレスにあります。相手の攻撃は、あなたというスクリーンに、加害者自身の問題を投影しているに過ぎません。

  • 心の中で実況中継する
    ⇒ 「ああ、今この人は、自分のストレスを私にぶつけているな」「劣等感が刺激されて、私を攻撃することで優位に立ちたいんだな」と、相手の言動を客観的に分析してみる
  • 透明な壁をイメージする
    ⇒ 自分と相手の間に、一枚の分厚い透明な壁があることをイメージします。相手の言葉は、その壁に当たって、意味を失い、地面に落ちていく。あなたの中には入ってこない。

🔑 ワンポイント
加害者は、あなたの感情的な反応を「エサ」にしています。そのエサを与えないことで、攻撃の意欲を削ぐことができます

反応しない技術「グレーロック」を実践する

これは、あなたが相手にとって、何の感情も示さない「ただの灰色の石(Grey Rock)」になるという心理的な防御法です。

加害者は、相手が傷ついたり、怒ったり、怯えたりといった感情的な反応を見ることで、支配欲を満たします。

その反応を一切見せないことで、加害者に「こいつを攻撃しても面白くない」と思わせ、攻撃対象から外れさせることを狙います。

具体的な実践方法

  • 無表情を貫く
    ⇒ 嫌味や挑発に対し、興味のない態度を示し、表情を動かさない
  • 事実のみで応答する
    ⇒ 会話は業務連絡のみに限定し、「承知しました」「確認します」など、短い言葉で事実だけを返す
  • 自分を語らない
    ⇒ プライベートな情報は一切与えず、相手があなたに関心を持つきっかけを断つ

🌈 ちょっと一息
あなたの貴重な感情は、あなたを大切にしてくれる人のために使うべきものです。加害者のために、あなたの心をすり減らす必要は、一秒たりともありません

孤立しないために「信頼できる味方」を確保する

物理的な防御も、精神的な防御も、一人きりで行うには限界があります。ハラスメント加害者が最も望むのは、被害者が誰にも相談できずに孤立することです。

社内外に「安全地帯」となる人間関係を築く

一人で抱え込まず、状況を共有できる味方がいるという事実は、あなたの心を強く支え、冷静な判断力を保つための命綱となります。

誰を味方にすべきか

  • 社内の信頼できる人物
    ⇒ 利害関係のない他部署の先輩や同期、あるいは、状況を客観的に見てくれそうな、加害者とは別の上司など。誰かに話を聞いてもらうだけで、状況を客観視できます
  • 社外の家族や友人
    ⇒ あなたのことを無条件で心配してくれる存在です。会社のしがらみがないため、純粋なあなたの味方として、感情的な支えになってくれます
  • 専門家(産業医やカウンセラー)
    ⇒ 守秘義務があるため、安心して全てを話せる「心の避難場所」です。専門的な視点から、具体的な次の一手についてのアドバイスをもらうこともできます

🔑 ワンポイント
一人で抱え込むと「自分が悪いのかもしれない」という思考の罠に陥りがちです。状況を客観的に見てくれる味方の存在が、その罠からあなたを救い出します

🌈 ちょっと一息
「誰かに話す」という行為は、暗闇の中に小さな窓を開けるようなものです。そこから差し込む光が、あなたが進むべき道を照らし、一人ではないという温かさを与えてくれます

まとめ

ここまで、ハラスメントの嵐から自分の心身を守るための、具体的な「安全地帯」の作り方について見てきました。

  • 物理的な距離を取る
    ⇒ 二人きりを避け、記録に残るコミュニケーションを心がける
  • 精神的な盾を構える
    ⇒ 相手の言葉を自分ごとと捉えず、冷静に受け流す
  • 信頼できる味方を作る
    ⇒ 社内外に相談相手を見つけ、決して孤立しない

これらの防御策によって安全な地盤を固めたあなたは、もう無防備な被害者ではありません。冷静に状況を分析し、次の一手を考える力を取り戻した、主体的な当事者です。

心に少しでも余裕が生まれたら、次のページでは、さらに一歩進んだ自己防衛術、「Step 3: 加害者と「心の防御壁」を築く方法」について、より深く掘り下げていきます。