「許せない」でも拡散はNG? SNS名誉毀損の法的境界線

ハラスメントを受けた時
やり場のない怒りや悲しみから、
「この人の酷い行いを世の中に知らしめたい…」
という衝動に駆られることは自然な感情です。
スマートフォンの普及により、SNSで簡単に告発ができるようになりました。 しかし近年、被害者が加害者の実名を挙げて投稿した結果、逆に名誉毀損で訴えられ、被害者が「被告」になってしまうケースが急増しています。
「悪いのは相手なのに、なぜ?」
そう思われるかもしれませんが、法律の世界にはSNS特有の厳しいルールが存在します。 この記事では、あなた自身を守るために知っておくべき、名誉毀損の「法的境界線」について解説します。
なぜ「本当のこと」を書いただけなのに問題になるのか
多くの人が抱いている最大の誤解は、
「事実(本当のこと)であれば、書いても罪にならない」
という思い込みです。
しかし、日本の法律(刑法・民法)において、名誉毀損の成立に「嘘か本当か」は第一の条件ではありません。
名誉毀損が成立する「3つの要件」
名誉毀損(刑事・民事いずれも)が問題となるのは、主に以下の3点が揃った場合です。
- 公然と(Publicity)
⇒ 不特定多数の人が見られる状態で - 事実を摘示し(Fact)
⇒ 具体的な出来事を挙げて - 人の名誉を毀損した(Defamation)
⇒ 相手の社会的評価を低下させた
つまり、
「〇〇課長に殴られた」
という投稿が事実であっても、それによって課長の社会的評価が下がれば、原則として名誉毀損の要件を満たしてしまうんです。
「公益性」がないと免責されない
もちろん、全ての告発が許されないわけではありません。 その投稿が以下の条件を全て満たす場合に限り、責任を免れる可能性があります(刑法230条の2)。
- 公共の利害に関する事実であること
- 専ら公益(社会全体のため)を図る目的であること
- 真実であると証明されること
しかし、個人的な恨みを晴らすための投稿や、単なる鬱憤晴らしは「公益目的」とは認められにくく、免責されないのが現実です。
リポスト(拡散)だけでも責任を問われる
「自分で書くのは怖いから、誰かの告発投稿を拡散しよう」
この考えも、非常に危険です。
近年の裁判例では、他人の投稿をリポスト(リツイート)した行為についても、その内容に賛同し拡散する意図があったとして、法的責任を認める判断が下されています。
ボタン一つが「同意」とみなされる
裁判所は、リポストという行為を
「元の投稿内容を肯定し、自分の意見として拡散した」
と解釈する傾向にあります。
- 元の投稿にコメントを添えていなくても責任を問われる可能性がある
- 拡散した結果、被害が拡大すれば賠償額も増える
軽い気持ちで押したボタン一つが、あなたを加害者と同じ「不法行為者」に変えてしまうリスクがあるんです。
安全に心を晴らすための「逃げ道」
SNSでの告発は、相手へのダメージ以上に、あなた自身が訴訟リスクを負うというハイリスク・ローリターンな行為になりがちです。
どうしても辛い気持ちを吐き出したい時は、法的に安全な方法を選びましょう。
「クローズド」な空間を選ぶ
不特定多数が見られるSNS(オープンな場)ではなく、範囲が限定された場所であれば、リスクは大幅に下がります。
- 紙のノートに書き殴る
⇒ 誰にも見せずに破り捨てれば、完全な安全圏です - 信頼できる友人とのDM
⇒ その友人が他人に広める可能性がない場合、「公然と」の要件を満たしません - カウンセリング
⇒ 守秘義務のある専門家に話すことで、心と頭を整理できます
相手と同じ土俵に上がらない
ネットで晒して社会的制裁を加えようとすることは、いわば「私刑(リンチ)」に近い行為です。 それを行えば、あなたは「被害者」から「加害者」の立場へと引きずり下ろされてしまいます。
あなたの正義は、SNSという不安定な場所ではなく、裁判所や労働基準監督署といった公的な場所で主張する方が、はるかに安全で強力です。
まとめ:沈黙は「泣き寝入り」ではない
SNSで沈黙を守ることは、負けや泣き寝入りではありません。 それは、将来の正当な戦い(交渉や訴訟)に備えて、自分の立場をクリーンに保つための賢明な戦略です。
この記事のポイント
- 名誉毀損は、内容が事実であっても成立する可能性がある
- リポストや拡散行為だけでも、法的責任を問われるリスクがある
- 正義の主張はSNSではなく、弁護士などの専門機関へ持ち込む
一時の感情で投稿ボタンを押す前に、一度深呼吸をしてください。 その指を止めることが、未来のあなた自身を守ることにつながります。
→ 関連ページ:『「言った言わない」を封じる、鉄壁の記録術』へ
→ 関連ブログ:『録音って違法?ハラスメント証拠の「よくある勘違い」』へ

