「ハラハラ」はなぜ起きる? 「見えない壁」の正体

近年、「ハラスメントになるのでは」
という恐怖から、部下を指導できなくなったり、同僚との雑談を避けたりする人が増えています。
これは、単なる「ハラスメントハラスメント(ハラハラ)」の増加だけではなく、職場の「心理的安全性」が失われている深刻なサインであるとも言えます。
指導する側は
「パワハラと言われたらどうしよう」
と恐れ、指導される側は
「少しでも不快なら声を上げよう」
と身構える。この双方の心理が作り出す「見えない壁」が、健全なコミュニケーションを阻害しているのが現状です。
本記事では、この「見えない壁」の正体を心理学的な観点から解き明かし、誰もが安心して働ける職場を再構築するためのヒントを探ります。
単なる事例紹介ではなく、根本的な解決策を一緒に考えていきましょう。
ハラハラの心理メカニズム:双方の恐怖が生む悪循環
ハラハラは、一方的な「逆パワハラ」として語られがちですが、その背景には、指導する側と指導される側、双方の異なる恐怖が存在します。この心理メカニズムを理解することが、解決への第一歩です。
① 指導者の恐怖:「ハラスメントと言われたらどうしよう」
パワハラ防止法の施行やハラスメントへの社会的な意識の高まりは、指導者や管理職に
「いつハラスメントの加害者になってしまうかわからない」
という強い恐怖を与えています。この恐怖は、以下のような行動を引き起こします。
指導の回避
問題があっても直接注意することを避け、遠回しな表現やメールでの指示に終始してしまいます。本来は対面で丁寧に説明すべき内容も、誤解を恐れて曖昧な表現になりがちです。
過剰な配慮
相手の顔色をうかがいすぎるあまり、本来伝えるべき内容を曖昧にしてしまいます。
「これを言ったら傷つくかな」
「パワハラと思われるかな」
という不安が先行し、必要な指導ができなくなります。
コミュニケーションの断絶
誤解を恐れて、業務外の雑談や個人的な話題を一切避けるようになります。これにより、信頼関係を築く機会も失われてしまいます。
② 若年層の心理:価値観の変化と「防衛」意識
一方、特にZ世代などの若年層は、上司の何気ない言動をハラスメントだと感じやすい傾向にあります。これは彼らが「打たれ弱い」からではありません。背景には、以下のような心理や環境の変化があります。
言葉の定義の広がり
幼少期から「ハラスメント」という言葉に触れて育ったため、少しでも不快な言動があれば、ハラスメントと認識する傾向があります。これは悪いことではなく、人権意識の向上の表れとも言えます。
正当な「防衛」反応
過去の経験や見聞きした事例から、理不尽なハラスメントから自分を守るための「防御壁」として、ハラスメントという言葉を使ってしまうことがあります。これは自己防衛の本能的な反応といえます。
SNSの影響
自分の経験をSNSで共有し、共感を得ることで、自分の認識が正しいと確信してしまうケースがあります。多様な視点からの検証が不足しがちになることも問題の一因です。
🔑 ワンポイント
双方とも「自分を守りたい」という同じ思いから生まれる行動です
心理的安全性の欠如が招く職場の問題
ハラハラが蔓延する職場では、「心理的安全性」が著しく低下しています。この状態が続くと、組織全体に深刻な影響を与えることになります。
心理的安全性とは
心理的安全性とは、
「自分の考えや気持ちを誰に対してでも安心して発言できる状態」
のことです。この概念は、ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授によって提唱され、現在では多くの企業が重視する組織運営の指標となっています。
心理的安全性が失われた職場の特徴
① 沈黙の文化
- 疑問があっても質問できない
- 改善提案を出すことを恐れる
- 失敗を隠そうとする傾向が強まる
② 過度な相互監視
- 発言や行動を常に監視し合う
- 揚げ足を取るような雰囲気
- 自由な発想や創造性の抑制
③ 形式的なコミュニケーション
- 必要最小限の情報交換のみ
- 感情や本音を表現できない
- チームとしての連帯感の欠如
組織への深刻な影響
① イノベーションの停滞
新しいアイデアや改善提案が出なくなり、組織の成長が停滞します。失敗を恐れる文化では、挑戦的な取り組みも生まれにくくなります。
② 人材の流出
優秀な人材ほど、自由に発言できない窮屈な環境を嫌います。結果として、貴重な人材が他社に流出してしまう可能性が高まります。
③ メンタルヘルスの悪化
常に緊張状態が続く職場では、従業員のストレスが蓄積し、メンタルヘルスの問題が増加します。
🌈 ちょっと一息
心理的安全性は、個人の幸福だけでなく、組織の成長にも直結する重要な要素です
建設的なコミュニケーションを再構築する3つのステップ
この「見えない壁」を乗り越え、ハラハラを予防するためには、加害者・被害者というレッテルを貼るのではなく、職場全体のコミュニケーションを見直す必要があります。
ステップ1:「目的」と「意図」の明確化
業務上のフィードバックを行う際は、
「なぜこの指導が必要なのか」
という目的と、
「あなたに成長してほしい」
という意図を明確に伝えましょう。
NG例
「この資料、なんでこんなに時間かかってるんだ?」
OK例
「このプロジェクトを成功させるために、資料の完成度を上げる必要があるんだ。そのため、いくつか改善点を伝えたい。一緒に良くしていこう。」
効果的な伝え方のポイント
- 背景説明
⇒ なぜその指導が必要なのかを説明する - 成長への期待
⇒ 相手への信頼と期待を言葉で表現する - 協働の姿勢
⇒ 一緒に問題解決に取り組む姿勢を示す
ステップ2:「相手の受け取り方」を尊重する
自分の発言が相手にどう聞こえたかを確認する習慣をつけましょう。これにより、誤解を早期に解消できます。
実践例
- 「今の話、何か分かりにくい部分はなかった?」
- 「私としては○○というつもりで言ったんだけど、どう受け取ったかな?」
- 「何か気になることがあれば、遠慮なく言ってほしい」
効果的な確認方法
- オープンクエスチョン
⇒ 「どう思う?」など、相手の本音を引き出す質問 - 感情の確認
⇒ 「今の気持ちはどう?」など、感情面もケアする - 理解度の確認
⇒ 「私の説明で伝わったかな?」など、理解度を確認する
ステップ3:「対話の土壌」を育む
日頃から雑談やチームビルディングを通して、役職や世代を超えた信頼関係を築くことが最も重要です。信頼関係があれば、厳しいフィードバックも「私のためだ」と受け取られやすくなります。
具体的な取り組み例
- 業務時間内のチームランチ
⇒ リラックスした雰囲気での交流促進 - 趣味の共有タイム
⇒ 個人的な話題での親近感醸成 - 定期的な1on1ミーティング
⇒ 個別の関係性構築と理解促進
信頼関係構築のコツ
- 共通点の発見
⇒ 趣味、価値観、経験などの共通点を見つける - 相手への関心
⇒ 相手の背景や考え方に genuine な興味を示す - 一貫した態度
⇒ 普段から誠実で一貫した態度を保つ
組織レベルでの取り組み
① ガイドラインの整備
- 建設的なフィードバックの方法を明文化
- ハラスメントと適正な指導の境界線を明確化
- 相談しやすい環境の整備
② 研修プログラムの充実
- コミュニケーションスキル向上研修
- 世代間理解促進のためのワークショップ
- 心理的安全性向上のための管理職研修
③ 風土改革の推進
- オープンな対話を奨励する文化作り
- 失敗を学習機会として捉える価値観の浸透
- 多様性を尊重する組織風土の醸成
まとめ
「ハラハラ」が起きる根本原因は、指導する側の「パワハラ恐怖」と指導される側の「防衛意識」という、双方の心理的な壁にあります。
この問題を解決するには、心理的安全性の回復が不可欠で、加害者・被害者の対立構造ではなく、職場全体のコミュニケーション改善が必要です。
具体的な解決策として、目的と意図の明確化、相手の受け取り方の尊重、日常的な信頼関係構築の3つのステップが有効です。組織レベルでは、ガイドライン整備、研修充実、風土改革が重要になります。
ハラスメントの対極にあるのは、「心理的安全性」と「信頼関係」です。コミュニケーションを避けるのではなく、より良い対話のあり方を模索することこそが、真のハラスメント対策につながります。
一人ひとりが相手を理解し、尊重し合える職場環境を、みんなで築いていきましょう。
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