労働基準監督署が「パワハラと認定しない」4つの理由

勇気を出して労働基準監督署(労基署)に駆け込んだのに
「それは会社と話し合ってください」
と冷たくあしらわれた経験はありませんか? 多くの人が
「労基署に行けば、警察のように会社を成敗してくれる」
と期待していますが、実際には対応してもらえず、絶望するケースが後を絶ちません。
なお、労働相談の窓口は、各労基署内にある「総合労働相談コーナー」などが担当していますが、ここでも権限の限界は同様です。
この記事では、専門家の知見に基づき、多くの人が誤解している労基署の権限の限界と、あなたの訴えが是正勧告に至らない「4つの構造的な理由」を解説します。
理由1・2:法の壁「民事不介入」と「条文の不在」
最大の理由は、あなたの被害が軽いからではなく、法律の仕組み上、労基署が踏み込めない領域だからです。 これには2つの法的な壁が存在します。
理由1:民事不介入の原則
労基署は、労働基準法という「公法」の違反を取り締まる、警察のような行政機関です。 一方で、ハラスメントの多くは「上司と部下」「会社と個人」の間で起きる民事上のトラブル(損害賠償や人格権の侵害)に分類されます。
警察が夫婦喧嘩や借金トラブルに介入できないのと同様に、労基署も個人のいさかいである民事トラブルには、原則として介入する権限を持っていません。
理由2:パワハラそのものを「処罰する条文」がない
「パワハラ防止法」が施行されましたが、この法律は会社に対して「相談窓口を作るなどの防止措置」を義務付けたものです。 実は、パワハラをした加害者や会社を直接処罰する規定は、この法律には存在しません。
- 労基署ができること
⇒ 残業代未払いなど、労働基準法に違反している場合の指導・逮捕 - 労基署ができないこと
⇒ 「大声で怒鳴った」などのパワハラ行為そのものに対する処罰
法律に「怒鳴ったら罰金」という条文がない以上、労基署はそれを取り締まることができません。
🔑 ワンポイント
ただし、パワハラによって「うつ病(労災)」になったり、違法な「長時間労働」をさせられたりした場合は、労基署の管轄として動くことができます
理由3・4:証拠の「客観性」と「事実認定」の難しさ
3つ目と4つ目は、実務的なハードルです。 相談窓口で担当官が「動けない」と判断する裏には、以下の事情があります。
理由3:事実認定ができない
「酷いことを言われた」というあなたの証言だけでは、労基署は動けません。 なぜなら、行政機関が会社を指導するには、誰が見ても明らかな客観的な証拠が必要だからです。
会社側が「指導の一環だった」「そんな事実はなかった」と反論した場合、それを覆すだけの材料がなければ、労基署は「言った言わない」の水掛け論に立ち入ることはできません。
相談に行く際は、以下の証拠を揃えることが重要です。
- 録音データ(暴言の音声)
- メール・チャットのログ(執拗な叱責や無視の記録)
- 医師の診断書(うつ病などの健康被害の証明)
- 業務日報や日記(いつ、どこで、何をされたかの記録)
理由4:求めるゴールが「慰謝料・謝罪」である
あなたが労基署に行く目的が、
「会社に謝罪させたい」
「慰謝料を払わせたい」
である場合、労基署は動くことができません。 これらは裁判所が判断して命令するものであり、行政機関である労基署には、会社に謝罪や支払いを命令する権限がないからです。
労基署ができるのは、あくまで「法律違反の状態を是正させること」までです。 個人の納得や感情の解決は、管轄外となります。
それでも労基署を使うメリットと「次の一手」
では、労基署に行くのは無駄なのでしょうか。 そうではありません。限界を知った上で、正しく活用すれば強力な味方になります。
「助言・指導」制度の活用
法違反として逮捕できなくても、都道府県労働局長による助言・指導という制度を利用できる場合があります。
これは、会社に対して「話し合いで解決するように」と促したり、「パワハラ防止措置が不十分だ」と指摘したりするものです。
強制力はありませんが、会社に「行政から見られている」というプレッシャーを与える効果はあります。
ダメならすぐに「次」へ
労基署で解決しない(動けない)と言われたら、そこで諦める必要はありません。 それは「行政の出番ではない」というだけのことであり、あなたの被害が否定されたわけではないからです。
その場合は、素早く以下の手段へ舵を切ることが解決への近道となります。
- 労働審判・訴訟
⇒ 裁判所で白黒をつける(弁護士への依頼) - 労働組合(ユニオン)
⇒ 団体交渉権を使って会社と直接交渉する
🌈 ちょっと一息
労基署は「無料」ですが権限は限定的です。解決を急ぐ場合は、費用がかかっても弁護士などの専門家を頼るのが確実です
まとめ:「動けない理由」を知れば、次の道が見える
労基署が動かないのは、あなたの被害が軽いからではありません。 法律の仕組み上、彼らの守備範囲外だからです。
この記事のポイント
- 労基署は「民事トラブル」には介入できず、パワハラそのものを罰する法律もない
- 会社を指導するには、言い逃れできない「客観的な証拠」が不可欠である
- 謝罪や慰謝料を求める場合は、労基署ではなく弁護士や裁判所の領域になる
「労基署でもダメだった」と落ち込む必要はありません。 その場所が適切でなかったと分かったのなら、次は弁護士やユニオンなど、民事トラブルを扱える専門家へ相談先を変えてみましょう。
まずは「証拠」を整理し、自分の目的(処罰か、お金か、謝罪か)に合わせて相談先を選ぶことです。 適切な場所で戦えば、道は必ず開けます。
→ 関連ページ:『もう迷わない。目的別の最適な相談先マップ』へ
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